アダムとイエスキリスト

  • 説教:鄭有盛 牧師
  • 手話:谷麻理 執事
  • 教会:東京東部教会
  • 日時:2018.01.14

ロマ書 5:12-21

12. このようなわけで、一人の人によって罪が世に入り、罪によって死が入り込んだように、死はすべての人に及んだのです。すべての人が罪を犯したからです。
13. 律法が与えられる前にも罪は世にあったが、律法がなければ、罪は罪と認められないわけです。
14. しかし、アダムからモーセまでの間にも、アダムの違犯と同じような罪を犯さなかった人の上にさえ、死は支配しました。実にアダムは、来るべき方を前もって表す者だったのです。
15. しかし、恵みの賜物は罪とは比較になりません。一人の罪によって多くの人が死ぬことになったとすれば、なおさら、神の恵みと一人の人イエス․キリストの恵みの賜物とは、多くの人に豊かに注がれるのです。
16. この賜物は、罪を犯した一人によってもたらされたようなものではありません。裁きの場合は、一つの罪でも有罪の判決が下されますが、恵みが働くときには、いかに多くの罪があっても、無罪の判決が下されるからです。
17. 一人の罪によって、その一人を通して死が支配するようになったとすれば、なおさら、神の恵みと義の賜物とを豊かに受けている人は、一人のイエス․キリストを通して生き、支配するようになるのです。
18. そこで、一人の罪によってすべての人に有罪の判決が下されたように、一人の正しい行為によって、すべての人が義とされて命を得ることになったのです。
19. 一人の人の不従順によって多くの人が罪人とされたように、一人の従順によって多くの人が正しい者とされるのです。
20. 律法が入り込んで来たのは、罪が増し加わるためでありました。しかし、罪が増したところには、恵みはなおいっそう満ちあふれました。
21. こうして、罪が死によって支配していたように、恵みも義によって支配しつつ、わたしたちの主イエス․キリストを通して永遠の命に導くのです。