弱い人と強い人

  • 説教:鄭有盛 牧師
  • 手話:餘永 姉妹
  • 教会:東京東部教会
  • 日時:2018.07.22

ローマ書 14:1-12

信仰の 弱い 者を 受けいれなさい. ただ, 意見を 批評するためであってはならない.
ある 人は, 何を 食べてもさしつかえないと 信じているが, 弱い 人は 野菜だけを 食べる.
食べる 者は 食べない 者を 輕んじてはならず, 食べない 者も 食べる 者をさばいてはならない. 神は 彼を 受けいれて 下さったのであるから.
他人の 僕をさばくあなたは, いったい, 何者であるか. 彼が 立つのも 倒れるのも, その 主人によるのである. しかし, 彼は 立つようになる. 主は 彼を 立たせることができるからである.
また, ある 人は, この 日がかの 日よりも 大事であると 考え, ほかの 人はどの 日も 同じだと 考える. 各自はそれぞれ 心の 中で, 確信を 持っておるべきである.
日を 重んじる 者は, 主のために 重んじる. また 食べる 者も 主のために 食べる. 神に 感謝して 食べるからである. 食べない 者も 主のために 食べない. そして, 神に 感謝する.
すなわち, わたしたちのうち, だれひとり 自分のために 生きる 者はなく, だれひとり 自分のために 死ぬ 者はない.
わたしたちは, 生きるのも 主のために 生き, 死ぬのも 主のために 死ぬ. だから, 生きるにしても 死ぬにしても, わたしたちは 主のものなのである.
なぜなら, キリスト は, 死者と 生者との 主となるために, 死んで 生き 返られたからである.
それだのに, あなたは, なぜ 兄弟をさばくのか. あなたは, なぜ 兄弟を 輕んじるのか. わたしたちはみな, 神のさばきの 座の 前に 立つのである.
すなわち, /「主が 言われる. わたしは 生きている. すべてのひざは, わたしに 對してかがみ, /すべての 舌は, 神にさんびをささげるであろう 」/と 書いてある.
だから, わたしたちひとりびとりは, 神に 對して 自分の 言いひらきをすべきである.