聖餐からの教え(2021.09.12)

  • 説教:鄭有盛 牧師
  • 手話:餘永 姉妹
  • 教会:東京東部教会
  • 日時:2021.09.12

コリント人への第一の手紙 11:17~34

17. 次のことを指示するにあたって、わたしはあなたがたをほめるわけにはいきません。あなたがたの集まりが、良い結果よりは、むしろ悪い結果を招いているからです。 18. まず第一に、あなたがたが教会で集まる際、お互いの間に仲間割れがあると聞いています。わたしもある程度そういうことがあろうかと思います。 19. あなたがたの間で、だれが適格者かはっきりするためには、仲間争いも避けられないかもしれません。 20. それでは、一緒に集まっても、主の晩餐を食べることにならないのです。 21. なぜなら、食事のとき各自が勝手に自分の分を食べてしまい、空腹の者がいるかと思えば、酔っている者もいるという始末だからです。 22. あなたがたには、飲んだり食べたりする家がないのですか。それとも、神の教会を見くびり、貧しい人々に恥をかかせようというのですか。わたしはあなたがたに何と言ったらよいのだろう。ほめることにしようか。この点については、ほめるわけにはいきません。 23. わたしがあなたがたに伝えたことは、わたし自身、主から受けたものです。すなわち、主イエスは、引き渡される夜、パンを取り、 24. 感謝の祈りをささげてそれを裂き、「これは、あなたがたのためのわたしの体である。わたしの記念としてこのように行いなさい」と言われました。 25. また、食事の後で、杯も同じようにして、「この杯は、わたしの血によって立てられる新しい契約である。飲む度に、わたしの記念としてこのように行いなさい」と言われました。 26. だから、あなたがたは、このパンを食べこの杯を飲むごとに、主が来られるときまで、主の死を告げ知らせるのです。 27. 従って、ふさわしくないままで主のパンを食べたり、その杯を飲んだりする者は、主の体と血に対して罪を犯すことになります。 28. だれでも、自分をよく確かめたうえで、そのパンを食べ、その杯から飲むべきです。 29. 主の体のことをわきまえずに飲み食いする者は、自分自身に対する裁きを飲み食いしているのです。 30. そのため、あなたがたの間に弱い者や病人がたくさんおり、多くの者が死んだのです。 31. わたしたちは、自分をわきまえていれば、裁かれはしません。 32. 裁かれるとすれば、それは、わたしたちが世と共に罪に定められることがないようにするための、主の懲らしめなのです。 33. わたしの兄弟たち、こういうわけですから、食事のために集まるときには、互いに待ち合わせなさい。 34. 空腹の人は、家で食事を済ませなさい。裁かれるために集まる、というようなことにならないために。その他のことについては、わたしがそちらに行ったときに決めましょう。