御霊の実、贈物の使い方(2021.09.26)

  • 説教:鄭有盛 牧師
  • 手話:谷麻理 執事
  • 教会:東京東部教会
  • 日時:2021.09.26

コリント人への第一の手紙 12:12~31

12. 体は一つでも、多くの部分から成り、体のすべての部分の数は多くても、体は一つであるように、キリストの場合も同様である。 13. つまり、一つの霊によって、わたしたちは、ユダヤ人であろうとギリシア人であろうと、奴隷であろうと自由な身分の者であろうと、皆一つの体となるために洗礼を受け、皆一つの霊をのませてもらったのです。 14. 体は、一つの部分ではなく、多くの部分から成っています。 15. 足が、「わたしは手ではないから、体の一部ではない」と言ったところで、体の一部でなくなるでしょうか。 16. 耳が、「わたしは目ではないから、体の一部ではない」と言ったところで、体の一部でなくなるでしょうか。 17. もし体全体が目だったら、どこで聞きますか。もし全体が耳だったら、どこでにおいをかぎますか。 18. そこで神は、御自分の望みのままに、体に一つ一つの部分を置かれたのです。 19. すべてが一つの部分になってしまったら、どこに体というものがあるでしょう。 20. だから、多くの部分があっても、一つの体なのです。 21. 目が手に向かって「お前は要らない」とは言えず、また、頭が足に向かって「お前たちは要らない」とも言えません。 22. それどころか、体の中でほかよりも弱く見える部分が、かえって必要なのです。 23. わたしたちは、体の中でほかよりも恰好が悪いと思われる部分を覆って、もっと恰好よくしようとし、見苦しい部分をもっと見栄えよくしようとします。 24. 見栄えのよい部分には、そうする必要はありません。神は、見劣りのする部分をいっそう引き立たせて、体を組み立てられました。 25. それで、体に分裂が起こらず、各部分が互いに配慮し合っています。 26. 一つの部分が苦しめば、すべての部分が共に苦しみ、一つの部分が尊ばれれば、すべての部分が共に喜ぶのです。 27. あなたがたはキリストの体であり、また、一人一人はその部分です。 28. 神は、教会の中にいろいろな人をお立てになりました。第一に使徒、第二に預言者、第三に教師、次に奇跡を行う者、その次に病気をいやす賜物を持つ者、援助する者、管理する者、異言を語る者などです。 29. 皆が使徒であろうか。皆が預言者であろうか。皆が教師であろうか。皆が奇跡を行う者であろうか。 30. 皆が病気をいやす賜物を持っているだろうか。皆が異言を語るだろうか。皆がそれを解釈するだろうか。 31. あなたがたは、もっと大きな賜物を受けるよう熱心に努めなさい。